チラシの裏でバーゲンセール

とある役者見習いの頭の中

千秋楽が終わりました

しがない役者見習いAのはまりさです。

 

2018年6月23日、

「ロングクリスマスディナー」の千秋楽でした。

 

本当は昨日の帰りの電車の中で書こうかと思ってたんですけど、久しぶりにお酒を摂取して指先がドクドクいってたので無理でした。

今から記憶をなんとか引き出して書きます。

(これ書いてる今、友人の結婚式の式場に行く電車に揺られてるんですが、その件については次の記事で)

 

千秋楽終わったので、ネタバレありで書きます。

(既成脚本でネタバレ気にするのもどうかと思うけど便宜上)

というか、内容を知っている方しかわからないかもしれません。

置いてけぼりしてしまうかもしれません。

ごめんなさい。

 

前回の記事で、劇中でだんだん歳をとると書きました。

1回目の上演は、私は、最初に出てくる夫婦の、夫の方のお母さんを演じました。

最初からお婆さんです。

猫背でいても怒られないよやったね!!

20歳にして猫背・腰痛もち・側湾症・関節痛という生活習慣からの業を背負いまくってる身からすると、ぶっちゃけ体つきに関して悩むことは無かったです。

強いていえば、「膝をちょっと曲げようか」てことくらいで。

ただ、喋り方や表情に関してかなり悩みました。

お婆さんだからといって、皆ゆっくり喋るわけではないし、お顔がだるーんとしてるわけでもないし。

初めのうちはかなり試行錯誤してました。

ちょっとそっけない感じのお婆さんなのか(樹木希林さんイメージで家の中で読んでた時もありました)、

よっっっぼよぼのお婆さんなのか、

それとも、接客業をしているとたまに見かけるタイプの、パワフルなお婆さんなのか。

というのも、このお婆さんは、基本的に自分と自分の母に関することしか喋らずに死んでいくからです。

しかも、「二頭も馬を持ってる人は嫌味な人ばかりだと思ってた」と、二頭目の馬を飼うことになった息子にこぼすわけです。

どういう気持ちで言葉を発してるのか、本当に掴めませんでした。

最初はただただこのお婆さんの特徴を想像してなぞるだけで必死でした。

しかしある時、演出の方から、

「楽しいクリスマスディナーなんだということを想像してやってごらん」

ということを言われ、そこから変わりました。

今は難しいことを考えず、ただ目の前で起こっていることに関して「素晴らしい」「楽しい」と感じればいいんだと。

 

嫁に食事の用意ができたと呼ばれるまでは、息子と何かしらの楽しい会話をしている(おおかた、息子の出世をたたえる話をしていたのでしょう)。

「二頭の馬」のセリフは、「まさか我が息子がそうなるとはねぇ」という、嬉しくも少し苦い複雑な気持ちで。

息子の嫁との仲はとてもいい方で、たわいもない話で笑い合う関係。

だから、「この辺りにインディアンがいた頃のことを覚えてますよ」と語り出す。

テーブルの上に並べられた美味しそうな料理。

息子に注がれた美味しそうな赤ワイン。

可愛い甥っ子が、すっかり大きくなって立派になった姿で家に来た。

楽しく食事をしている中、ふと死期を悟る。

皆を心配させまい、楽しい話をしようとつとめた結果、自分の家族のことについて語りながら死んでいく。

 

稽古を重ねるにつれ、だんだん役に歩み寄れたような感覚がしました。

ゲネ1週間前くらいにはもう、お婆さんの特徴については全然考えませんでした。

 

そして2回目の上演。

今度は、チャールズの嫁としてべヤード家に訪れたお嬢さんのレオノーラでした。

この役に対しては漠然とした悩みが多すぎて、本当にメンバーの皆に助けてもらいました。

同じチーム内のレオノーラ役の人と、このシーンではどう感じて何をしたいのかということを話し合ったり。

何度も何度も擦り合わせをしました。

次第に、だんだんわかってきたのです。

 

レオノーラも、いいとこのお嬢さんで、宗教には疎いがそれなりに教養がある。

でも、とても純粋で、心はいつまでも少女でいるような無邪気な一面も持ち合わせている。

第一子を死産でなくし、優しい姑もなくした頃に、今度は双子を産む。

「お義母様に見せたかった」

そんな思いと、双子の片割れに生まれ変わりのようなものを感じたのだろう。

女の子の方に、「ルーシア」という、姑の名をつける。

その後、第三子の次男も産まれる。

遠縁の親戚のアーメンガルドさんというお婆さんを家に迎える。

家中が賑やかになる。

やがて双子は大きくなり、片割れの男の子は戦争に徴兵され、死んでしまう。

それからしばらくして、すっかりひねくれてしまった可愛い次男が、夫の謂れもない決めつけに激昂し、言い争いをして家を出てしまう。

双子の片割れの娘も、結婚して家を出る。

それから色々あって、同居しているのは夫とアーメンガルドさんだけになる。

家中は、すっかり静かになる。

やがて夫が死に、数年はアーメンガルドさんと二人で暮らしていった。

そんな時、娘から恐らくこんな内容の手紙(電報?)が届く。

「寂しく暮らしていることかと思われます。よかったら、こちらで暮らしませんか。とても賑やかで楽しいと思います」

と。

これ以上の無い喜びだが、しかしそれは、仲睦まじく暮らしてきたアーメンガルドさんを置いていくことになる。

罪悪感で一瞬は押し潰されそうになるが、彼女の暖かい手と言葉のぬくもりに心がほぐれ、ほんの少しの寂しさを残して娘の家へ行くのだった。

 

ちょっとはしょった部分もあるけれど、とても波乱万丈な人生です。

とても難しい役でした。

メンバーと擦り合わせたことを信じ、ゲネが近づくにつれ、

感じていることに素直になってやってみよう、

そのことを重視していました。

 

だから、千秋楽の上演2回目で、1シーンだけ動きが変わりました。

夫をなくしたシーンです。

 

自然と足が死の戸口に向かいました。

でも、死ぬ為ではありません。

 

夫の亡骸の手を握るように。

人生の節目で何度も目にしてきた戸口に、寄り添いたかったのです。

出来るならば、ここを誰かがくぐるのはもう見たくない。

そんな想いもこめて、そっと戸口に触れ、目を閉じました。

 

あのあとアーメンガルドさんの手を握るのですが、色んな感情がこみ上げてくるというよりは、低いところから絵の具を溶かした水をそっと垂らし、どんどん床を染めていくような。

そんな昂り方でした。

 

 

まだまだね、色々と語りたいことがあるんですけど。

多すぎるし、うまく言語化できないので、この辺でしめます。

また何か思い出したら、追記するか新たな記事を作るかもです。

 

本当に、

ほんっっっっとうにありがとうございました。

お疲れ様でした。

 

打ち上げ楽しかったです。

途中で抜けちゃったんですけどね。

度数4%のぶどうハイを15分でがぶ飲みし、さらにスコッチをオレンジジュースと炭酸で割ったやつを飲んでいたら、案の定酔いました。

精神に影響はなかったんですけど、心臓と指先がドクドクしてました。

酒には強いはずなんですけど……久々の飲酒だったからだろうな…………